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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)131号 判決

東京都中央区京橋1丁目10番1号

原告

株式会社ブリヂストン

同代表者代表取締役

海崎洋一郎

同訴訟代理人弁理士

増田竹夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

田村敏朗

田中弘満

吉野日出夫

主文

特許庁が平成3年審判第24937号事件について平成6年4月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年6月25日名称を「部品等のつかみ装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和61年特許願第148685号)したところ、平成3年10月25日拒絶査定を受けたので、同年12月26日審判を請求し、平成3年審判第24937号事件として審理された結果、平成6年4月12日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年5月16日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

中空筒状の硬質本体の平坦な内周面をおおいかつ接触若しくは極く近接するように両端開口の肉厚がほぼ均一なチューブ体を設け、チューブ体の上端縁と下端縁とを硬質本体の上下端縁で折り返し硬質本体の外側で端縁から若干の間隔をあけて固着してチューブ体内を密封状態に構成し、硬質本体にチューブ体内へ流体を注入するための注入口を形成し、チューブ体で囲まれた空間に部品等をセットしチューブ体を流体注入により膨張させて部品等をつかむことを特徴とする部品等のつかみ装置(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

別添審決書「理由」記載のとおり(引用例については別紙図面2参照)。

4  審決の取消事由

引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例記載の考案とは審決認定の(a)(b)の点で相違することは認めるが、審決は、(c)本願発明は硬質本体の内周面が平坦である点で引用例記載の考案と相違することを看過した結果、一致点の認定を誤り、かつ引用例記載の考案及び周知技術(以下、審決引用の昭和45年実用新案出願公告第33132号公報を「周知例」という。)の技術内容を誤認した結果、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  一致点の認定の誤り

本願発明における「硬質本体の内周面」が平坦であることは、その特許請求の範囲に「硬質本体の平坦な内周面」と記載されていることから明らかである。

一方、引用例記載の考案においては、明らかに芯材内周面に突出する上下フランジ部1'が形成されており、引用例には本願発明の特徴とするところの「硬質本体の内周面が平坦である」との記載はなく、当業者であれば引用例記載の考案の構成に「芯材の内周面が平坦である」という構成は含まれないと理解できる。

本願発明は硬質本体内周面とチューブ本体との間に隙間が存在するものを排除してはいないものであるが、その隙間の技術的意味は、本願発明が前記相違点(c)の構成、すなわち、全体が平坦な硬質本体内周面である構成をチューブ体がおおい、その上下端縁でチューブ体の上端縁と下端縁とを折り返して硬質本体の外側でチューブ体を固着するので、使用するチューブ体の材料特性や厚み等によってはチューブ体が硬質本体の内周面全体に接触せず、部分的にわずかに離れる場合もあることを意味し、引用例記載の考案における芯材の上下端部に存在するフランジ部と袋状体との間に必ず生じる隙間とはその技術的意味を異にするものである。

また、審決は、相違点(a)の判断において「ところで当業者において両者(芯材の内壁面と袋状体)の間隔をどの位にするかは、例えば袋状体の弾性力、物品の形状等を考慮して定めるべき程度の設計的事項に過ぎないので、本願発明のように接触又は極く近接するように設けるようなことは、適宜なしうる程度のことである。」と判断しているが、引用例には本願発明におけるチューブ体が硬質本体の内周面に「接触又は極く近接」するという構成さえも記載されていないのであるから、本願発明の「芯材の内壁面」が「平坦」であるという構成が引用例に記載されていると判断することは、審決の「接触又は極く近接」するという構成についての判断に鑑みても誤りである。

したがって、審決の本願発明と引用例記載の考案との一致点の認定は、両者が相違点(a)及び(b)以外に、(c)硬質本体の内周面が平坦である点でも相違することを看過した点において誤りである。

(2)  相違点の判断の誤り

本願発明は、前記相違点(c)が相違点(a)と相俟って、引用例記載の考案の芯材と袋状体との間に隙間を有している構成に比較し、同じ膨らみを得るのに余計なエアーを注入する必要がなく膨張させるときの応答性に優れ、また、排気する場合も余計にエアーを排気する必要がないものであり、給排気時の応答性の面で優れ、大量の製品をつかみ処理するための作業効率も格段に向上するものである。また、本願発明は、前記相違点(c)が相違点(b)と相俟って、上下逆さにして使用した場合、つかもうとする物品をチューブ体で囲まれた空間に挿入するときに位置ずれが生じても、物品とチューブ体の折り返し部分とが衝突してチューブ体の弾性により緩衝効果が生じ物品を保護するという作用効果を奏するものである。

このように、本願発明は、相違点(a)ないし(c)を同時に満足してはじめて引用例記載の考案及び周知例記載の考案が奏することのできない上述した作用効果を奏するものであるから、本願発明の作用効果がこれらを組合わせて奏する効果の総和の域を出るものではないとする審決の相違点に関する判断は誤りである。

また、審決が相違点(b)の判断に関して示した周知例記載のゴムカップ5は、その下端縁のみが折り返されているにすぎず、このゴムカップ5は、「カップ」と呼ばれるように上端内側に底部材を有し、この底部材にゴムカップ5の外底面5aを固着して「カップ」を逆さにした形状に構成しているものであり、このような構成からゴムカップ5の上端も折り返すことは当業者が容易に想到し得たことでない。そもそも審決は、周知例を特許法29条2項の規定を適用する際の引用例としておらず、単にチューブ体の一端を折り返して筒体の外側で固着するという周知技術と認定しているものであるから、この周知技術に倣って引用例記載の考案を設計変更しても、当業者は引用例記載の袋状体の下端を折り返すことしか容易に想到し得ないのであるから、相違点(b)について「この周知技術に倣って本願発明のように(中略)固着するようなことは、当業者が容易になし得る程度のことである。」とした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する被告の認否及び主張

請求の原因1ないし3の事実は認め、同4は争う。

審決の認定・判断は正当であって、審決には原告主張の違法は存しない。

1  一致点の認定の誤りについて

本願発明は、その特許請求の範囲に「接触若しくは近接するように(中略)チューブ体を設け」と記載されているように、硬質本体内周面とチューブ体との間に隙間が存在するものを排除していない。

本願発明において硬質本体内周面とチューブ体とが全く隙間がなく「接触」するものとすれば、チューブ体をゴム風船のような材料で形成するとしても、チューブ体と硬質本体内周面とは密着した状態となり、密着したチューブ体に均一に作用する大気圧の影響を考えるとチューブ体を迅速かつ均一に膨張させることは簡単なことではなく、ある程度の隙間があれば迅速かつ均一にチューブ体を膨張させることができるものである。また、チューブ体が比較的柔らかすぎるとエアー圧の給排気時に注入口付近のチューブ体には応力が加わり、給排気の繰り返しによりチューブ体は疲労し、かつ前記応力により排気時に注入口が塞がれる可能性があり、チューブ体が収縮する時間が長くなるという欠点が生じ、さらに、エアー中に水分が含まれ周囲が高温であればチューブ体は硬質本体に強く密着しエアー注入口を塞ぐことによりチューブ体が収縮する時間が長くなるという欠点が生じるので、このような欠点を回避するために、チューブ体を堅くするか、注入口を広げるか(昭和48年実用新案登録願第31813号の願書に最初に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルムの写し)、チューブ体を硬質本体からごく近接して配置するか(引用例、昭和49年特許出願公開第50658号公報、昭和52年特許出願公開第105461号公報、昭和58年特許出願公開第15689号公報)等が適宜実施されているのである。そして、本願発明は、その特許請求の範囲に「接触若しくは極く近接するように(中略)チューブ体を設け」と記載していることもあり、その程度は別として、チューブ体と硬質本体内周面との間の隙間の存在を否定するものではないと考えるのが自然である。

一方、引用例には、上下フランジ部1'間の内壁面は平坦な構成とする点が記載されているのであり、上下フランジ部1'の内壁部側(袋状体接合部側)の突出長さを、用いる袋状体(チューブ体)の材料特性に応じて決定するようなことは、審決中にも記載があるように「適宜なしうる程度のことである」と考えられるから、結果的に相違点(c)は相違点(a)に含まれることになり、本願発明と引用例記載の考案との間の相違点は、(a)、(b)の2点になり、しかも、これら各相違点について審決は判断しているのであるから誤りはない。

2  相違点の判断について

前記1のとおり、相違点(c)は結果として相違点(a)に含まれるものであり、本願発明におけるエアー給排気時の応答性に関する効果は、引用例記載の考案における袋状体と芯材の内壁面との間の間隔の存在をなくした効果、すなわち相違点(a)の効果と考えられるが、相違点(a)は、審決において判断したとおり、設計的事項であり、上記効果も排気時についてはある程度奏するとしても、吸気時については前記1に述べた問題があり、結局、このような設計的事項の採用により当然予測できる程度のものである。また、本願発明の排気に関する効果及把持物品の挿入時の破損防止の効果は、チューブ体の端部の折り返しによる効果、すなわち、相違点(b)による効果であり、周知例に示された技術を採用することにより、当然予測できる効果にすぎない。

また、原告は、周知例記載のゴムカップ5の構成からゴムカップ5の上端も折り返すことは当業者が容易に想到し得たことでない旨主張するが、引用例記載の考案において、筒体両端のチューブ体の固着の仕方として、上記周知技術に倣ってその両端縁をそれぞれ折り返し本体の外側で端縁から若干の間隔をあけて固着するようなことは、当業者が容易になし得た程度のことにすぎない。なお、このような構成は、昭和49年特許出願公開第50658号公報に示されるように本出願当時周知のことである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  成立に争いのない甲第2号証(全文訂正明細書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のように記載されていることが認められる。

1  本願発明は、焼結前のセラミック部品等を傷つけることなくソフトにつかむための装置に関し、特にロボットのアームに取り付けて有用な部品等のつかみ装置に関する(1頁19行ないし2頁2行)。

従来のつかみ装置では、別紙図面1第7図に示すように、薄い部品103の孔104へ可撓膜100の先端を挿入して膨張させても可撓膜100が孔104の内周面にしっかりと密着せず、確実に部品103をつかむことができなかった。また、可撓膜100はモールドで形成されたゴムブラダーを使用するものが大半であり、エアーの注入により大きくふくらまず(伸縮性に乏しい)、かつ耐久性に劣り、比較的高価なものであり、つかめる部品のサイズ範囲が狭く、可撓膜100自体も比較的硬く、対象物が限定されていた。さらに、孔104がない部品103ではつかむことができず、適用範囲が狭かった。

そこで、本願発明は、チューブを使用することにより、伸縮性を高め、耐久性を向上させ、安価で適用範囲の広い部品等のつかみ装置を提供することを目的とするものである(2頁16行ないし3頁12行)。

2  本願発明は、上記目的を達成するため本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(1頁5行ないし16行)を採用したものである(3頁14行ないし4頁4行)。

3  本願発明において、チューブ体は硬質本体の平坦な内周面をおおいかつ接触若しくは極く近接するように設けてあるので、硬質本体の内周面から離れてチューブ体を設けた場合よりもチューブ体の内径が同一径の場合にも全体の外径が小さくなる、すなわち、コンパクト化される。また、全体の外径が同一であるときにはチューブ体の内径の方が大きくなり、つかめる部品等の範囲が広い。したがって、本願発明の装置を並列して並べたときに、チューブ体の内径が同一であるときにはより多く並べられ、作業効率が向上する(4頁10行ないし20行)。

また、本願発明において、上下端縁は硬質本体の上下端縁で折り返されて硬質本体の外側で端縁から若干の間隔をあけて固着してあり、しかも肉厚はほぼ均一な両端開口のものであり、チューブ体で囲まれた空間に部品等をセットし、チューブ体を流体の注入により膨張させて部品等を傷つけずに確実につかむので、部品等に当たる個所が膨張したチューブ体であり破損し易い部品等をつかむことが可能になる。さらに、取り扱う部品等の形状が比較的自由であり、上下に長い棒状の部品等もつかむことができ、チューブを用いたために耐久性も向上し、装置全体を安価に提供することができる(8頁12行ないし9頁3行)。

第3  そこで、原告主張の取消事由について検討する。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

(1)  本願発明は、中空筒状の硬質本体の内周面が平坦であることを必須の構成要件とするものであることは、その特許請求の範囲に「硬質本体の平坦な内周面」と記載されていることから明らかである。

これに対し、成立に争いのない甲第3号証の1(公開実用新案公報)によれば、引用例には、「芯材の内壁面又は外壁面に外周囲か内外壁面に気密的に固定された伸縮性袋状体を設け、この袋状体に連通して気体又は液体の吸排機構を接続したことを特徴とする物品把持装置」(実用新案登録請求の範囲)と記載され、別紙図面2第1図に芯材1の上下端部にフランジ部1'を設け、該上下フラン部ジ1'に袋状体を固着することにより隙間を形成し、この隙間に吸排機構の一端部を取り付けた物品把持装置が示されていることが認められるから、引用例記載の考案は、本願発明の中空筒状の硬質本体に相当する芯材1の上下端部に突出したフランジ部1'を有するものであって、その内周面は平坦に構成されていないというべきである。

(2)  被告は、本願発明は、その特許請求の範囲に「接触若しくは極く近接するように(中略)チューブ体を設け」と記載されているように、硬質本体内周面とチューブ体との間に隙間が存在するものを排除していないと主張し、その理由としてチューブ体を迅速かつ均一に膨張させるにはある程度の隙間が必要であり、また、給排気の繰り返しによるチューブ体の疲労、排気時にチューブ体に加わる応力あるいはエアー中の水分、高温等により注入口が塞がれチューブ体が収縮する時間が長くなるという欠点を回避するためには、チューブ体を堅くするか、注入口を広げるか、チューブ体を硬質本体から極く近接して配置するかが適宜実施されているのであり、本願発明も、その程度は別として、チューブ体と硬質本体内周面との間の隙間の存在を否定するものではないと考えるのが自然であると主張する。

成立に争いのない乙第1号証によれば、昭和49年特許出願公開第50658号公報には、「筒状体とゴム等の弾性材より成る中空弾性体とで構成される把持装置において筒状体内周面と中空弾性体との間に空隙部を形成すること」が記載され、同じく乙第4号証によれば、昭和48年実用新案登録願第31813号の願書に最初に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルムの写しには、「堅牢なスリーブと弾性的で可変形性のスリーブから構成され巻取完了ボビンを掴む掴み部の圧縮空気を供給する第1の孔の先端部分を広げ圧縮空気注入口とする」ことが記載され、同じく乙第5号証によれば、昭和53年実用新案登録願第108795号の願書に最初に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルムの写しには、「エアノズル外周面に被着されるゴム等の弾性体からなるエアバックで構成されるインケーサーにおいてノズル孔の先端部分を広げエア注入口とする」ことが記載されていることが認められる(なお、成立に争いのない乙第2号証(昭和52年特許出願公開第105461号公報)及び乙第3号証(昭和58年特許出願公開第15689号公報)によれば、これらの公報記載の発明は、それぞれチューブ自体、空気溜め自体に隙間を介在させるものであることが認められるから、本願発明のように硬質本体とチューブ体との間に隙間を設けるものとは異なるものである。)。

上記記載によれば、被告主張のように硬質本体とチューブ体から構成されるつかみ装置においてエアー圧の給排気時に注入口付近のチューブ体には応力が加わり、給排気の繰り返しによりチューブ体は疲労し、また、前記応力により排気時に注入口が塞がれる可能性があり、チューブ体が収縮する時間が長くなるという欠点を回避する手段として、注入口を広げること、硬質本体から極く近接するようにチューブ体を配置することが本出願前に適宜実施されていた技術であると認められる。

しかしながら、他方で、前掲乙第4号証には前記とは別に「堅牢なスリーブ6と弾性的で可変形性のスリーブ8で構成される空ボビンを掴む掴み装置は圧縮空気を供給する第3の孔15の先端部分を広げることなく、堅牢なスリーブと可変形性のスリーブとの間に隙間を介在させることのない掴み装置」が示されているのであるから、前記欠点を回避するために、チューブ体と硬質本体との間に必ず隙間を設ける必要があるとか、また必ず注入口を広げなければならないとはいえない。

そして、本願発明は、前記第2の3認定のとおりチューブ体を硬質本体の平坦な内周面を覆いかつ「接触若しくは極く近接する」ようにした構成を採用することにより、硬質本体の内周面から離れてチューブ体を設ける場合よりもチューブ体の内径が同一径の場合にも全体の外形が小さくなり(コンパクト化)、また、全体の外形が同一であるときにはチューブ体の内径が大きくなり、つかめる部品等の範囲が広く、これを並列して並べたときに、チューブ体の内径が同一であるときにはより多く並べられ、作業効率が向上するという作用効果を奏するものであるから、チューブ体が硬質本体に「極く近接する」場合においても当然に、チューブ体が硬質本体に「接触」する場合と同様に上記作用効果を奏するものでなければならないというべきであるから、「極く近接する」の意味するところは、原告主張のように「使用するチューブ体の材料特性や厚み等によってはチューブ体が硬質本体の内周面全体に接触せず、部分的にわずかに離れる場合」のことを表現したものと解するのが相当であって、引用例記載の考案の芯材1の上下端部にフランジ部1'を設け、該上下フランジ部1'に袋状体を固着することにより隙間を形成し、この隙間に吸排機構の一端部を取り付けた構成における隙間とは技術的意味を異にするというべきである。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

(3)  また、被告は、引用例には、上下フランジ部1'間の内壁面は平坦な構成とする点が記載されているのであり、上下フランジ部1'の内壁部側(袋状体接合部側)の突出長さを、用いる袋状体(チューブ体)の材料特性に応じて決定するようなことは、審決中にも記載があるように「適宜なしうる程度のことである」と考えられるから、結果的に相違点(c)は相違点(a)に含まれることになり、本願発明と引用例記載の考案との間の相違点は、(a)、(b)の2点になり、しかも、これら各相違点について審決は判断しているのであるから誤りはないと主張する。

しかしながら、本願発明の「極く近接して」の意味するところは、前記のとおり「使用するチューブ体の材料特性や厚み等によってはチューブ体が硬質本体の内周面全体に接触せず、部分的にわずかに離れる場合」のことと解するのが相当であり、一方、引用例記載の考案は、上下フランジ間の内周面が平坦であっても、芯材1の上下端部にフランジ部1'を設け、該上下フランジ部1'に袋状体を固着することにより袋状体と芯材との間に隙間を形成し、その隙間に圧力流体が存在しているのであるから、両者の構成が相違することは明らかである。そして、審決が相違点(a)の判断において「適宜なしうる程度のことである」と判断しているのは、引用例記載の考案において、袋状体と芯材との間隔をどの位にするかについてであって、上下フランジ部1'の内壁部側(袋状体接合部側)の突出長さを、用いる袋状体(チューブ体)の材料特性に応じて決定することについてではない。審決が芯材の内周面を平坦に構成することの容易性について何ら判断していないことは審決の記載内容から明白である。審決が本願発明と引用例記載の考案との相違点を看過した事案では、当該審決の違法性を判断する審決取消訴訟において、審決をした被告が審決の認定判断していない相違点の容易推考性について主張することは許されないというべきである。

(4)  このように、本願発明はチューブ体が硬質本体に接触して設けられる場合も、チューブ体が硬質本体と極く近接して設けられる場合も硬質本体の内周面が平坦であるのに対し、引用例記載の考案は芯材の上下端部に突起を有している点で芯材の内周面は平坦であるとはいえないのであるから、両者はこの点で構成を異にするものである。

しかるに、審決は本願発明と引用例記載の考案とは相違点(a)及び(b)の点で相違し、その余の点で一致すると認定し、上記構成(原告主張の相違点(c))を相違点として摘示していないのであるから、審決には、上記相違点を看過した結果、一致点の認定を誤った違法があり、この誤りは審決の結論に影響を及ぼす蓋然性があるというべきである。

2  以上のとおりであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

理由

本願は、昭和61年6月25日に出願されたものであって、その発明の要旨は、平成4年1月24日付手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「中空筒状の硬質本体の平坦な内周面をおおいかつ接触若しくは極く近接するように両端開口の肉厚がほぼ均一なチューブ体を設け、チューブ体の上端縁と下端縁とを硬質本体の上下端縁で折り返し硬質本体の外側で端録から若干の間隔をあけて固着してチューブ体内を密封状態に構成し、硬質本体にチューブ体内へ流体を注入するための注入口を形成し、チューブ体で囲まれた空間に部品等をセットしチューブ体を流体注入により膨張させて部品等をつかむことを特徴とする部品等のつかみ装置。」

にあるものと認められる。

これに対し、原査定の拒絶の理由に引用した、本願出願日前に頒布された実開昭51-664号公報(以下、「引用例」という。)には、芯材の内壁面に気密的に固定された伸縮性袋状体を設け、この袋状体に連通し気体又は液体を吸入排出する口を芯材に形成し、袋状体で囲まれた空間の物品に対し上記気体又は液体を吸入し、上記袋状体を膨張させてつかむ装置が記載されている。

そこで、本願発明と引用例のものとを対比すると、本願発明における「中空筒状の硬質本体」、「チューブ体」、「流体を注入するための注入口」及び「部品等」は、引用例のものにおける「芯材」、「伸縮性袋状体」、「気体又は液体を吸入排出する口」及び「物品」にそれぞれ相当するので、本願発明は、以下の点で相違し、その余の点で一致するものと認められる。

相違点

(a)チューブ体は、硬質本体内周面に接触若しくは極く近接するように両端開口の肉厚が均一である点

(b)チューブ体の上端縁と下端縁とを硬質本体の上下端縁で折り返し硬質本体の外側で端縁から若干の間隔をあけてチューブ体を本体に固着している点

次に、上記各相違点について検討する。

上記(a)の相違点について

引用例の袋状体は、その第1図に示されたものからみると、芯材の内壁面に対し少し離れた状態で設けられているように見えるが、この図のつかみ装置においてこの袋状体を芯材の内壁面に対し、特段、離して設けなければならない必然性は見当たらない。ところで当業者において両者の間隔をどの位にするかは、例えば袋状体の弾性力、物品の形状等を考慮して定めるべき程度の設計的事項に過ぎないので、本願発明のように接触又は極く近接するように設けるようなことは、適宜なしうる程度のことである。なお、上記第1図の袋状体の肉厚も、本願発明のものと同様に両端を含め均一であるから、この点において両者に差異がない。

上記(b)の相違点について

筒体に取り付けられた弾性体に流体を作用させて物品を把持する装置において、弾性体を筒体の端縁で折り返してその筒体の外側で端縁から若干の間隔をあけて弾性体を固着することは、例えば実公昭45-33132号公報に示すごとく周知技術である。この周知技術に倣って本願発明のようにチューブ体の両端縁を本体の上下端縁で折り返し本体の外側で端縁から若干の間隔をあけて固着するようなことは、当業者が容易になしうる程度のことである。

そして、本願発明の効果は、引用例に記載された発明及び上記周知技術の奏する効果の総和の域を出るものではない。

したがって、本願発明は、引用例に記載された発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

別紙図面1

〈省略〉

〈省略〉

図面の簡単な説明

第1図はこの発明の好適な実施例を示す断面図、第2図は平面図、第3図及び第4図は部品等の対象物をつかんだ状態を示すそれぞれ簡略断面図、第5図はロボットのアームに取付けた状態を示す正面概略図、第6図は従来例を示す断面図、第7図は従来例の欠点を説明する為の図である。

1……硬質本体、

2……チューブ体、

2A……上端縁、

2B……下端縁、

4……空間、

6……注入口。

別紙図面2

〈省略〉

図面の簡単な説明

第1図及び第2図は本考案装置の異なる実施例示す縦断面図である。

1……芯材、2……袋状体、3……吸排機構。

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